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地図を手がかりに記憶をたどる
地理空間情報活用推進基本法第二条によれば、「空間上の特定の地点又は区域の位置を示す情報」またはこれに加えて「前号の情報に関連付けられた情報」を含む情報を「地理空間情報」と呼ぶ。
日常的な表現を用いれば、場所にかかわるあらゆる情報のことだ。このような情報を一定基準で記号化し画面に表示または印刷したものが「地図」である。
地図が示しているのは、各々唯一無二の「場所」が持つ記録や記憶そして現在の状況である。それを眺め読むことによって、人はそこに示された場所の、その地図には示されていない記憶までもたどることもできる。
さらに、誰にでも簡単に入手できる日本の地図を媒介にすることによって、場所を通した思いを他の人と共有することさえできるはずである。
私はこの4月まで、国土地理院に他への出向期間を含め31年間勤務していた。そこでかかわったいくつかの地図を手がかりに、この間の記憶をたどってみたい。なお、行政機関の仕事は個人ではなく組織が進め、
結果に対する評価も組織が受けるものである。もしも以下の文章で自慢話のように読めるところがあるとすれば、それは私の文章表現が拙いせいである。
最初にかかわった地殻変動の「主題図」
国土地理院が提供する地図のなかで、全国土をカバーする最大縮尺の地図は2万5千分の1地形図だ。誰もが利用し得る基本的な事項を図示しており、他の縮尺の地形図や地勢図などを含め「基本図」と呼ばれる。
一方、特定の主題を強調して作成する地図を「主題図」という。私がかかわった地図の多くは主題図だった。
国土地理院が提供する主題図は「土地条件図」「火山土地条件図」「都市圏活断層図」など、どちらかといえば防災関係ものが多い。国土地理院が事務局を務める地震予知連絡会には、
地殻変動や地震発生の状況を描いた図が毎回提出され、専門家の議論に供している。顕著な災害が発生した場合には「災害状況図」なども公開している。これらも広い意味での主題図であろう。
最初にかかわったのは地殻変動である。東大理学部の助手だった石橋克彦氏(現・神戸大学教授)が1976年に地震予知連絡会で発表した、いわゆる「駿河湾地震説」の反響はあまりにも大きかった。
想定される地震がある程度予知されることを前提とした法律が公布されたのは、私が国土地理院に入った年である。当時も短期的な地震予知に対して楽観的な委員はいなかったと思うが、そのときの熱意は現在まで続き、
一筋縄ではいかない地震像が明らかにされてきた。石橋氏の歴史的な論文は国土地理院の地震予知連絡会のWeb サイトで公開されている。
次に担当したのは土地条件図である。主に洪水・高潮・津波対策のハザードマップを地方自治体が作成する際に利用できる基礎情報として、人口が集積した平野の地形分類に災害時の避難・救援活動に資する道路や各種施設を2万5千分の1地形図の上に表示したものだ。
1959年9月に濃尾平野の沿岸域を襲った伊勢湾台風による高潮災害の範囲が、偶然にもその前年までに作成されていた濃尾平野の水害地形分類図において「三角州」に区分されていた区域と一致していた事実が新聞記事になったことで反響をよび、
1960年代から整備が開始された。1970〜80年代には山地斜面の土砂災害対策も考慮した分類も用いられた。
私は遠州灘.駿河湾に面した御前崎の図を担当した。そこで分類した地形面区分とその名称が、地質調査所(現・独立行政法人産業技術総合研究所)の地質図にも引用されたときはうれしかった。
地球環境と活断層の「主題図」
昭和が終わり、日本経済がバブルの絶頂期にあり、先進国の間では地球環境問題がようやく大きく扱われるようになった1989〜90年頃、私は環境庁自然保護局(当時)に出向していた。
動植物の名前を覚えるのがあまり得意でなく忸怩たる思いで出勤したところ、それらの分布を地図を用いて調査する仕事も多いとわかり元気を取り戻した。
サンゴ礁の調査にも地理学科出身の研究者が多くかかわり、地図や空中写真を活用した精力的な調査を行っていることも知った。植生調査では、実用化され始めた地球観測衛星が撮像した時期の異なる画像の差分から植生変化を抽出し5万分の1現存植生図の更新に用いる手法を検討した。
自然保護局長が全国の植生変化状況について国会答弁を行った際に、このデータが活用された。
1995年1月に発生し、阪神・淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震(Mj7.3)は都市型地震災害の恐ろしさを再認識させると共に「活断層」という語を普及させた。それまで研究者が、
今からみれば細々と調査していた活断層の分布情報を20万分の1地勢図に載せ、縮小印刷した図版集『日本の活断層』が出版されていたが、専門家以外にはほとんど知られておらず、「関西で大地震は起きない」という根拠のない風評が広がっていたところへの不意打ちだった。
この直前まで国土地理院は土地条件図の地殻変動バージョンを検討し試作していたが、この大災害を機に急遽方針を変え、研究者が『日本の活断層』の原稿として1/2.5.5万縮尺で描いたデータを活用して再判読していただき、2万5千分の1地形図上に活断層線を描いた「都市圏活断層図」を作成することとなった。
しばらくご無沙汰していた活断層研究者に集まっていただき、図の仕様を決めていく作業は、震災へのリベンジという意識もあって、思いのほか早急に進んだ。私自身は異動により途中で離れたが、後任者が良い仕事をして、代表的な主題図としてすっかり定着した。
政府の地震調査委員会はじめ多くの現場で、今や都市圏活断層図は基本図のようなノリで活用されている。
日本列島の動きをWebで閲覧
今世紀に入って、地殻変動を担当する部署に戻った。この間、測量技術は進歩し、地上の測位は複数の人工衛星が発信する電波を同時に受信することで計測する衛星測位システム(GNSS)が主流となった。
代表的なGNSSはアメリカ合衆国が運営するGPSである。かつての一等三角点に相当する日本列島の測地観測網の主役は、GPS受信機が24時間1秒毎に自己の位置を測り続けている1240点の電子基準点だ。
以前は時期の異なる三角測量データから数週間かけて解析していた日本列島の動きは、電子基準点の観測データからほぼリアルタイムで取得できるようになっている。
4つのプレートが会合し、顕著な地震や火山噴火がないときも年間数センチの地殻変動が常時起きている日本列島の動きを、国土地理院のWeb サイトからいつでも覗くことができる。
GPS測量では観測点間の相対的位置関係が精密に求められるので、変動ベクトルを表示するには、どこかの点を不動と仮定する必要がある(固定局)。通常は、ユーラシア大陸との相対運動が少ない日本海側の電子基準点を固定局としているが、
このサイトでは閲覧者が固定局を自由に選ぶことができ、自分の居場所から眺めた日本列島の動きを表示することができる。例えば電子基準点「小金井」を固定局とした最近1年間の関東甲信越地域の地殻変動を掲げる。
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