東京カートグラフィック株式会社
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 地図の学際 
地図の学際 とは

第14号
14号表紙


表紙について

1.新案『社会地図』で社会変動の姿を俯瞰する

2.
世界に広がるけん玉文化

3.
地図で見つける場所の記憶

4.
TCG TOPCS、
自分史研究会特別報告

5.
シリーズ カルトグラムで見る 「国別貿易輸出入額」

     

新案『社会地図』で社会変動の姿を俯瞰する
東京学芸大学名誉教授 松本良夫

社会学における地図利用

 筆者の専門は社会学である。社会学での地図利用といったら、都道府県別の高齢者率を地図上で色分けしたり、犯罪発生地点を地図上に記録(マッピング)したりするぐらいだ。 これらは既成の地図の利用にすぎない。ここで披露するのは、これらとはちょっと違った「地図」利用である。正確にいうと、社会変動の姿を「地図風に」表現する試みである。 この地図は社会変動(Social Change)の姿を描写するために考案した「特別」(Special)な地図なので、『社会地図』(S-MAP、エス.マップ)と称している。

社会地図の考案

 社会地図という名を初めて耳にする人はソレってどんな地図?と思われるであろう。説明は後回しにして、ズバリ実物を見ていただくことにする(図@)。

 一見、地形図に見えるが、実は「自殺現象の社会地図」である。この地図の緯線・経線の目盛に注意してほしい。横軸は観測年次、縦軸は年齢区分になっている。 等高線の高度は「自殺率」(人口10万人あたり)である。したがって、茶色っぽい部分が自殺率高率ゾーン(年次・年齢層)、緑色の平地部分が自殺率の低いゾーン(同前)ということになる。 こうしてみると、約60年間における自殺現象の動態が一望のもとに俯瞰できる。この点がミソである。

 ここで、社会地図を定義しておこう。社会地図(正確には「社会変動地図」)とは、長期間における社会現象の変化の様相を、観測年次×年齢区分の座標上に等高線で描写する図法である。 観察対象指標の「時間」的推移を、二次「空間」上に表現するというアイデアである。

社会地図の描き方・読み方

 ここで、社会地図の描き方、読み方を説明しておこう。この図を描くには、まず年次別×年齢層別の自殺率一覧表をエクセルで作表する。その際、時間区分を等間隔にすることが大切である。 この表をグラフ描画の「等高線」を指定して図形化すると社会地図が得られる。

 カラーリングは地形図風にしてもいいし、海洋図のように同系統のグラデーションにしてもいい。ちなみに、同じ表をカバーして、「折れ線グラフ」を指定して軸設定を操作すれば、 「観測年次別の自殺率年齢曲線図」や「各年齢層の自殺率の推移図」が得られる。従来は、このような折れ線図で事態を描写していたが、何本もの曲線が錯綜して何とも読みにくい。 この難点をクリアするために考案したのが社会地図方式である。

図@

 つぎに、社会地図の読み方を説明しよう(図@参照)。
@上から俯瞰する。左上部と下部、右下方部分に「丘陵」地帯がみられる。左上部の「山」は1950〜60年当時20歳前後の若年層の自殺率が異常に高まったことを、 右下部分の「丘陵」は90年代末以降中高年齢層の自殺率が高まり、この隆起が40代・30代に広がっていることを示している。

A縦軸区分(年齢)から横にみると、各年齢層別の自殺率の推移がたどれる。自殺率は年齢上昇とともに高くなる傾向があるが、社会状況によっては撹乱が生ずる。 20代と50代の自殺率の推移に注目されたい。20代の値は1955年辺で、50代の値は2000年辺で突出している。

B横軸区分(時代)から縦にみると、各時期の「自殺率年齢曲線」が察知できる。1960年、80年、2000年の自殺率年齢曲線を探ってみよう。60年では20代の突出が、 2000年では50代の突出が目立つ。1980年の曲線は加齢とともに上昇している。

C左上から右下方向に「斜め」にたどると、各世代(出生年コーホート)の自殺率の推移がたどれる。1955年・20歳の峰をつくっているのは、1950年時15歳の1935年生まれ群(筆者もその一人)である。 右下方(2000〜05年次55歳)の丘陵をつくっているのは1945〜50年生まれコーホートだということがわかる。

 以上、自殺率地図を解読してきたが、自殺率は性差の大きな現象なので、実際には男女別に地図を作成して解読することが望ましい(スペースの関係上、男女別地図の掲載は割愛するが、 女性図では右下の隆起はみられず、全般的に地形が平坦である)。

社会地図の効用

 現代社会の最大の特徴は変化の早さにある。だからといって変化の突端だけに目を奪われていては事態の特性は把握できない。変化が激しいからこそ長期観測が必要である。 だが社会指標の年次変化を包括的に追うだけでは不十分で、社会状況の変化が各年齢層にどのように現れているかを確認することが大切である。それには、社会地図方式が有効である。 近年の医療ではCTスキャンやMRIといった診療技法が多用されている。社会地図はプリミティブながら、社会診断用のSC-スキャン(?)にたとえることもできよう。

図A

 社会地図は、経年的に年齢段階別統計が得られれば、どんな社会現象についても作成できる。実際、たいていの社会現象は年齢別に観測されているので、ほとんどの社会現象は社会地図化できる。 産業化や都市化など社会の構造的変動から、就業・就学・結婚等の生活構造の変化、少子・高齢化、「少死化・長寿化」といった人生コースの変化など、すべて社会地図にして観察できる。 社会意識の変化だって、継続的調査がなされていれば地図を描ける。

 図Aは旧統計数理研究所が実施した「国民性調査」のデータにもとづいて描いた地図である。これは、望ましい「暮らし方」についての設問に「趣味にあった暮らし」を選んだ回答者の割合(%)の地図である。 新しい世代ほど「趣味にあった暮らし」を志向する傾向がみとめられる。

 筆者は資料が得られるかぎり社会地図を描きまくっている。たくさんの地図を描いてみると、社会変動には以下の4つのパターンがあることがわかる。
・時代現象型(タテ縞模様)
・年齢現象型(ヨコ縞模様)
・世代現象型(ナナメ模様)
・不定形型
の4つである。自動車免許取得者率でみるモータリゼーションの動向は時代現象型、持ち家は年齢現象型である。図Aは世代現象型、図@の自殺現象は不定形型である。

 たくさんの社会地図を見比べると社会変動の諸相が俯瞰できて興味深い。筆者はいま1950年以降のわが国の社会変動を俯瞰できる『〈社会地図〉帳』の編纂を構想している。

 参考文献 松本良夫「日本における自殺の近況−社会学的分析」(『現代の社会病理』、日本社会病理学会紀要、No21、2006)