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細かい坂道が多い東京23 区
東京地図を広げ、A 地点からB 地点まで自転車にとって最も速い(と思われる)コースを調べてみる。最短距離はすぐに分かる。だが、その最短距離は、自転車にとって必ずしも「最速」ではない。
理由は簡単で、ロードマップを見て決めたその「最短コース」は、自転車が苦手とする坂道を無視してしまうことになるからだ。
東京23区内は、一見、平面に見えて、実は細かい坂が非常に多い。およそ30メートル程度の高低差で、山と谷が頻繁に現れる。このことは地名を見ても分かるとおりで、たとえば「渋谷」という街は、本当に谷底にある。
したがって、この街からは、どこに行くにも上り坂だ。四谷、下谷など「谷」が地名につくところは皆そうだ。
またこれは最近の地名(?)ではあるが、六本木ヒルズなども、本当に丘の上にある。必然的にこの街からは、どこに行くにも下り坂となっている。
そういう無数の山と谷を避けながら、コースを決めるというのが、自転車人の極意であって、六本木ヒルズなどをA 地点とB地点の間においたりすると、これはどうしたって最速とは言いがたいコースになってしまうわけだ。
そういうことが一目で分かる地図があると、自転車人にとってはたいへん助かるわけだが、いまだになかなか「これがベスト」というものに出会ったことがない。最近ある出版社から出版された『東京サイクリングマップ』などは一応それを目指してはいるんだけれど、
高低差の色の塗り分けが今ひとつ分かりにくく、あまり親切な作りになっているとは言いがたい。ロードマップとして書かなくてはならないことと、高低差を分かりやすく描くことの両立はなかなかむずかしいものなのだろう。
増加する自転車と道路事情
さて、都内で自転車の姿を見ることが、このところ非常に増えた。メッセンジャー(自転車便)の増加も一因だが、もう一つの要因として「自転車ツーキニスト(自転車通勤人)」の数が増えたことがあげられると思う。
私もその一人だ。東京江東区の自宅から港区赤坂のオフィスまで片道12qを毎日自転車で往復している。電車ならばドアトゥドアで50分かかるところが、自転車ならば35分。満員電車に乗らずにすむし、
健康的(私の体重は84sから67sに激減した)、そして、環境によろしい。自転車通勤の一般化は既にドイツ、オランダ、デンマークなどの欧州諸国では通常の光景だ。
国によっては公的機関が自転車を推進しているし、日本でも遅ればせながら、国交省、環境省などを中心に、交通を自転車にシフトするための試みが行われはじめている。
ところが、この日本の道路インフラは、自転車にとって最悪だと言っていい。端的に言えば、走るところがない。車道では邪魔にされ、歩道では歩行者の脅威と見なされる。
これは「自転車は歩道」という野蛮な認識が一般化されていることが大きい。
本来は、日本にしても「自転車は車道(道交法第17条)」のはずなのだが、道交法第63条というのがあって、それが「指定歩道のみ自転車通行可」をうたっている。この63条が極度に一般化された結果が今だ。
結果、自転車はれっきとした車両なのにもかかわらず「歩行者に毛の生えたもの」程度の認識しかされていない。
だが、本来、自転車のキャパシティはその程度ではないのだ。私の日々の平均時速が25km/h。自転車は十分クルマの代用となり得る。それどころか都市圏ではクルマよりもはるかに速い。
ちなみに東京の首都高速の昼間平均速度は14km/h程度に過ぎない。だが、その自転車が本来通るはずの「車道の左端」すなわち路側帯とされる場所は、現状として、あまりに自転車が通るのに向いていないのである。
さまざまな路上のゴミが集まるところであり、アスファルトとコンクリートの継ぎ目であり、場所によっては、あろうことか違法駐車の駐車場と化している。
そのようなものを避けるために、我々は車道側に膨らんで走らざるを得ず、クルマとの軋轢を生んでいる。クラクションを鳴らされる。幅寄せされる。ツーキニストたちは常に危険と隣り合わせだ。日々ストレスをためながら、走っている。
それでも車道を走るのは、歩道には歩行者がいるからだ。当然ながら、歩行者がいると自転車はスピードが出せない。このようなことを言うと、すぐに「ならば自転車はスピードを出さなければいいじゃないか」という声が聞こえてくるのだが、それは間違いである。
なぜか。
考えなくてはならないのは、自転車というものは、クルマの代用とならなくては、エコとしての意味がないということだ。自転車自体は空気清浄機でも何でもないのである。自転車が増えた分だけクルマが減らなくてはならない。そのためにスピードを手にしなくてはならない。
スピードを手にするためには車道を通行しなくてはならない。これは世界各国では当たり前の常識である。こと日本だけで「自転車は歩道」という非常識がまかり通っているのである。
さらに言うなら歩道は歩行者優先。これは当然のことである。日本の道路の不思議な点は「弱者優先(これは世界共通の大原則)」を一応はうたいながら、その一方、歩行者と自転車を一緒くたに歩道に押し込めているところだ。
通常の国ならば、歩道は歩行者の聖域であり、それ以外のものは車道に出なければならない。日本は逆。車道がクルマの聖域となっている。どう考えても間違った思想であろう。
自転車問題=クルマ問題
自転車にとっての道路の現状は、インフラの不備、そして、市民意識の不備が、まるで鶏が先か卵が先かというような形で、最悪の隘路に入っているといえる。そこに最近の自転車事故の急増だ。
自転車走行のルールとマナーが確立していないこと(つまりは歩道上の暴走自転車が多いこと)と、高齢化が進んだこと、さらには携帯電話の普及で、歩行者対自転車の事故がこのところ急増している(この10年で4.7倍)。死亡事故に発展するケースも出てきている。環境、そして安全という意味合いで、歩行者と自転車のスペースを分けることは急務なのである。
本来で言えばオランダのアムステルダムやドイツのミュンスターのように、独立した自転車レーンがあればいいのだ。だが、全国の道路に独立自転車レーンを敷くなんてことは、現状においては夢のまた夢だ。ならば、パリやロンドンのように「自転車& バスレーン」を指定する、ということでもいい。
アムステルダムで、観光客用の「自転車マップ」を手に入れると、その自転車優先の度合いに驚く。何しろあらゆる道路が自転車優先レーンで埋まっている。逆にクルマ進入禁止の道路や区画が実に多いことが分かる。
自転車問題とは実はクルマ問題なのである。過度にクルマに依存した社会から脱することこそが、今、求められていることであり、すでに日韓を除く先進諸外国はすべてそうしているのだ。
いつか東京の地図が「自転車優先レーン」で埋まるときがくるだろうか。実は坂道の多寡などたかがしれているのである。自転車にとって、未来の「自転車地図」はそうあってほしい。日々自転車に乗りながら、そのことを心の底より願っている。
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