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冬山登山と地図
青年期にかけて親しんだ、山や雪の記録は断片的であっても、今も新鮮で懐かしい。名古屋の第八高等学校山岳部で初めて北アルプスを仰いだ印象は驚きであった。
当時、旧制高校は2学期制度であり、春夏秋冬の4回の休暇には、先輩の部員とともに重い装備を背負った登高から始まる。
5万分の1の地図を対角線に横切り、飛騨の船津から上宝村を経由してから、冬の北穂高西側の滝谷までの遠路に疲れ、スキーとは歩くため、
ラッセルして登るための技術だと一人で納得した。積雪に覆われた尾根と谷筋の地形を図上と対比させ、尾根数を数えながら、谷沿いの雪崩を避けたキャンプ地に到着するのである。
雪と氷の見上げる滝谷の鋭い岩尾根を、アンザイレンして先端を登る同僚が滑り落ちて、5メートル下の雪だまりにスッポリ埋まったおかげで、ともに助かったのも忘れられない。
確かに冬山の底雪崩の響きは、全山の谷を震わすほど男性的であるが、白く輝く連山の姿は美しく大変優雅で女性的である。
また、岩尾根から眺める穂高連峰の遠景の夏山連山の姿も幻想的ではあるが、舞い昇る夕霧に映えるブロッケンの自分の影は不気味である。
また当時、千島遠征の歴史を持つ東大山岳部の先輩の意向もあって、極地法(ポーラーメソッド)という登山システムを試みようと中央アルプスの縦走計画を実施した。
この極地法とはヒマラヤ登山などの遠征に使われる集団支援システムともいえるものである。
3月でも春の雪は重い。視界の全くない猛吹雪の日はキャンプに沈殿と称して溜まり、次の計画の調整をする。快晴の稜線からの展望は絶景であるが、
谷底へ雷鳴のような轟音で崩れる雪崩の規模は凄まじい。
春とはいえ、下山行動も危険が多い。再び低気圧の来襲にあい、なんと6日近く下山の行動がとれず、春休みの日程がせまってきたが、オートミールと乾燥品ばかりではうんざりする。
無線機も準備しない麓との連絡手段の限界を痛感した。
洞爺湖1周の地磁気測定
2つ目は、大学2年生の昭和17年夏、当時永田武助教授の研究室で、古地磁気のテーマでカルデラ湖の洞爺湖を1周して、地磁気の伏角測定を行った思い出である。
有珠山に昭和新山の噴火隆起活動が始まる半年前であった。5万分の1地図上に測定点位置をプロットして、湖の外周の地形による地磁気地形補正を行うことにより、
カルデラ湖本体の地磁気モデルを求めるのが研究目的である。
この地形補正の計算には、今日であればデジタル標高モデルが利用できるのであるが、このときは地図の上でメッシュで標高値を細かく手間をかけて読み取ることが必要であった。
地図をこのように数値利用した私の初めての経験として思い出される。
洞爺湖での観測を終えて、さらに東へ移動して雌阿寒岳の地磁気測定も同じ方法で火山体の地磁気の帯磁分布の研究課題として行った。
この北海道での調査の思い出は研究生活の出発点となった大事な宝物である。
北方領土の地図で国務省訪問
3つ目は、自由民主党による北方領土と地図についてのミッションで米国国務省へ派遣された思い出である。調査団は村田敬次郎団長、近藤元次副団長、井上孝参議院議員ほか外務省職員、
そして学識経験者として私は随員である。訪問先は米国国務省アジア太平洋局、欧州、カナダ局、地理局、国連本部(明石事務次長)や、ナショナルジオグラフィック協会、
リブルーグル社、ランドマクナリー社、アメリカンマップ社、ハモンド社などの民間地図出版社である。
調査団の派遣の目的は、日本の北方領土返還要求に対する米国政府の支援に対し感謝の意を伝えるとともに、領土返還を求める国民の決意を米国関係者に伝え、
より一層の理解を求めることにあった。このため米国作成の地図における北方領土の表記について日本側の領土主張の正しい表記を行うことにより、
世界世論に寄与することを期待するものである。
これに対し国務省の対応は、
@わが国の北方領土返還要求に対し、全面的な理解を示し、改めてわが国の立場を支援する。
A米国政府の地図における北方領土のこれまでの記載ぶりは、北方領土問題に関し世界の誤解を生じかねないという我が方の懸念に対し、国務省地理部は今後作成する地図における記載ぶりを次のように改めることとする。
・ 北方領土を記載する場合には、「1945年以後ソ連が占領」と付記する。
・ 千島列島を表記する場合には、北方領土が千島列島に含まれるものと誤解されないようにする。
・ 国別に色分けする場合、日本の色とソ連の色を交互に並べる(ストライプ方式)。
・ ウルップ島、エトロフ島の間のウルップ海峡の名称を変更してエトロフ海峡と記載する。
国務省は上記を内容とする書簡を米国内の地図作成の政府機関に通知するとともに、民間出版社などの要請がある場合には、本書簡の趣旨に沿った助言を行う旨を地図部長が述べるとともに、
米国地名辞典(国務省所管)の改訂作業の際には、4島に関する地名表記に日本の呼称を採用し、これを日本の地名グループに追加明示することとした。
国連明石事務次長によると、世界には約70を超える国境紛争があり、それぞれの問題解決は容易でないが、国際世論に働きかける努力が必要であるという見解を示した。
民間出版社に対する行政指導は米国では行わないが、民間会社の対応は良好であった。事前にミッション訪問の連絡があったからではないかと思う。
しかし、米国地理学協会では、千島列島の範囲について、エンサイクロペディア『ブリタニカ百科事典』などによるとカムチャッカ以南より北海道以北までとなっているので、
関係者は係争地域の表記については、当該地域を現に管理している国の所属として、いわば実態(de fact)に基づく表示とせざるを得ないことを主張しており、米国の政治的な立場を知ることが強く印象に残っている。
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