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マッピングと位置同定
私は現在サービス工学の研究を行っているが、専門はロボティクスである。ロボティクスでは、移動しながら地図をメモリ内に作るタスクをマッピングと呼ぶ。
我々は、どこかに行こうとするとき、地図という知識がなければどうやってその目的地に行くかを計画できない。地図がない場合には、まず足で周囲を歩き回り、
環境を観察しながら、地図を作成する必要がある。ロボットも同様である。最初に地図をロボットに与え、その地図を参照しながら目的地までどのように移動すればよいかを
計画する研究もあるが、最近ではむしろ何も知らない環境で、自ら動いて地図を自動的に作成する研究が盛んに行われるようになった。
ロボティクスのもう一つの重要な研究テーマが位置同定(Localization)である。自分が現在、地図の中でどの場所にいるかを推定する研究である。
従来、マッピングと位置同定は、にわとりと卵のような関係であると考えられてきた。すなわち、マップがあればセンサデータから自分の位置を同定でき、
また逆に自分の位置が同定できればマッピングが可能となる。しかし、マップもなければ、自分の位置も正確に知ることができないという場合、
この両者を同時に解くことは不可能であると考えられていた。
しかし、SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)という手法が提案されてから、その概念はひっくり返された。この手法は、移動と観測を逐次繰り返す手法で、
確率論に基づく。移動には誤差が避けられないし、観測にはノイズがのる。しかし、移動して自己位置を推定し、環境を観測して、過去との相関を取る、
また移動し、自己位置推定・観測・過去との相関を取る、というように、このプロセスを延々と繰り返していくと、不確定な要素が徐々に排除され、
最終的にマップと自己位置を正確に求めることが可能になる。SLAMの登場で、ロボティクス研究は、ここ10年飛躍的な進歩を遂げた。
「全体と部分」「座標系」
我々は、対象とする問題の全体像と構造を図式化する際に、マップを作ると言う。マップを作る作業は、問題の全体を把握したり、それを人に説明したりするのに極めて重要である。
現在、さまざまな分野で、ロードマップの作成作業が行われているが、これからも分かるように、空間的な情報だけでなく、時間的な情報も含め、全体を図式化して表わしたものこそ、
本来のマップなのであろう。「地図」というと、本屋で売っている狭い意味での地図を思い浮かべるが、マップとは、我々が普段の生活の中で、あらゆる場面で利用する身近な存在であり、
逆にマップなしには、我々は行動することすらできないのである。
マップにおいて、重要なことが2つある。それは「全体と部分」、そして「座標系」である。我々は、問題の全体を把握するとともに、ある部分に注目し、
その全体の中での位置付けを確認しながら、その部分を詳細に検討する。それは大局(グローバル)と局所(ローカル)と言い換えてもよい。その一方で、鳥瞰的な立場のみならず、
特定の場所に立って物事を考える必要がある。我々は、それぞれ自分の座標系を持っており、その座標系で物事をとらえている。脳も自分の座標系で構成される。
しかし最近、ミラーニューロンの発見や、心の理論(Theory of mind)など、認知科学や脳生理学の研究が進むにつれ、人は他者の座標系に立って、物事を見れることが客観的にも明らかになってきた。
我々は、マッピングと同時に、全体と部分、座標系の変換という、視点を移動することによって、社会的に適応できる能力を身に付けたのだ。
●サービス工学
現在、我々の研究部門ではサービス工学の研究を行っている。サービス工学とは、人が満足するサービスを創造する方法論に関する学問であり、当研究室では、
状況に応じて適切なサービスをオンライン・実時間で提供できるさまざまなサービスシステムの構築を行っている。ここで重要なことは、人は多様な属性と価値観を有しているので、
定型的なサービスを供給するだけでは、全ての人を満足させることはできないということである。すなわち、対象とする人やその状態に応じて、提供するサービスやその提供方法を適応的に変える必要がある。
換言すれば、対象とする人の立場、すなわちその人の座標系に立ったサービス設計こそが重要となる。
視覚障害者用タッチマップシステム
東京カートグラフィックは、2005 .2006年度に、財団法人テクノエイド協会の福祉用具研究開発助成事業の助成を受け、視覚障害者用情報付き立体地図教材の開発(仮称:タッチマッププロジェクト)
を行った(図1、図2)。私もそのプロジェクトにご協力させていただいた。ここでは視覚障害者が地図を学習する教材の開発を目的としている。東京カートグラフィックが持つ3次元地図データを基に、
3次元造形技術(光造形や3次元プリンタなど)を用い、立体地図を作成する。外形は日本や各島、都道府県の形をしているが、山は盛り上がっており、3次元の地形が造形されている。
視覚障害者はこれを触ることによって、全体の地形や、山・平野・半島などの場所やその特徴を把握することができる。
また、さまざまな場所にICタグが埋め込まれており、視覚障害者がその場所に触れると、爪に取り付けられたアンテナからそのICタグのIDを読み込み、
その場所に対応した情報(山であればその名前、標高などの特徴、歴史、景観など)を音声で再生してくれる。盲学校などで試作機を使用していただいたが、好評を博し、プロジェクトの報告会でも高い評価を得た。
このプロジェクトを通して、我々も多くのことを学んだ。ひとつには、この立体タッチマップは、視覚障害者だけでなく、晴眼者(目の見える人)にとっても大変興味深い教材であるという点だ。
我々は地図を2次元の情報として学習してきた。もちろん、山の標高などのデータも習ったものの、我々が覚えている地形はあくまで2次元+部分的な高さ情報である。立体マップで見る日本の地形は、
我々のこれまで学んだものと明らかに違うものに感じられた。
もうひとつ、大変驚いたことがある。視覚障害者は、晴眼者とまったく異なる地図や地形のメンタルモデルを持っているということだ。我々晴眼者の認識では、視覚が支配的である。
眼から入った視覚情報に基づき、形や位置関係が脳内でモデル化される。しかし視覚障害者は、手で触れ、触覚情報に基づき脳内でモデル化される。実際に触れないものは、
人から聞いた話からイメージしなければならない。そこには莫大な曖昧さが含まれるので、モデル内で全体と部分が正確に関係付けられているとは限らない。ある建物に視覚障害者を案内すると、
自分のイメージと大きく食い違い、戸惑うそうだ。これは、まさに視覚障害者では、晴眼者とは異なるメンタルモデルが脳内に構成されている証である。
図2 開発したタッチマップ
視覚障害者のための地図を開発するには、視覚障害者の座標系に立って、開発を行わなければならない。視覚障害者にとって役立つ教材を目指して、タッチマップの開発を行ってきたが、
それを通してさらに、人はモダリティの違いによってどのような地図や地形の認識を行っているのか、その認識メカニズムを解明したり、人に分かりやすい地図とはどのようなものなのか、その設計論を導出できればと考えている。
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